経営年数100年以上の企業の経営スタイルと経営哲学を研究しています。調査・研究成果を発表してゆきます。

経営危機

第82回:100年超企業10社の言説から特徴を捉える

9.経営者の構造化調査のまとめ                                

1)経営危機の内容                                    
会社の危機は、内部でのトラブルと外部からの圧力の大きく2つに分かれます。前者は人の問題で、かつほとんどは経営者自身に何らかの問題が発生した場合でした。経営者の資質の問題、向き不向きの問題、そして内輪もめなどです。
後者は、平均で144年の経営年数があるので、明治維新から関東大震災、太平洋戦争、数々の大型台風や経済危機、阪神・淡路大震災などの災害が上がっています。多くの場合、自然災害に備えることはできません。しなければならないのですが、東京電力でも、できていませんでした。
会社が大きなダメージを受けたときのことを考えて、内部留保を厚くしておくしかないでしょう。国の政策変更や戦争については、その時から商売替えをするか、一時的に商売替えすることも得策なようです。
日米繊維交渉の結果、繊維や生糸の輸出が制限されることになった時、企業や産業の実力とは無関係に、経営が先細りすることが明白になりました。生糸会社や紡績会社は縮小しながら徐々に転・廃業するか、倒産するしかありませんでした。かつて日本企業ランキングNo.1を長年にわたって占めた鐘紡はその1社で、紡績から化粧品を扱うようになって、成功しているかのようでしたが、その後の顛末はご存じの通りです。
また、製糸業界でも、事業にその痕跡を残しながら、株式を上場し、立派に継続している企業があります。グンゼです。1896年に製糸業を開始し、その事業は1987年までの約90年間、継続しました。縮小することが決まったときから、多角化路線に舵を切り、製糸に関連した繊維事業のアパレル製造、フィルム製造などを手がける機能ソリューション事業、そしてスポーツクラブなどを手がけるライフクリエイト事業を展開しています。売上高では、いまもアパレル製造が全体の53%を占めています。しかし、3事業部の中で利益率は最も厳しいようです。製糸企業が次々と縮小してゆく中で、いまも2,000名を超える従業員を抱え、1,300億円を超える売上を上げているのは瞠目に値します。
危機をどのように克服したのか。戦争はその進展がわかるので、大事なものは疎開させた、という会社もあります。それが戦後に、事業を再スタートさせる大きなきっかけになった会社もありました。
各経営者が異口同音に会社の経営危機とその克服法について語るのは、多くの場合、会社は内部に危機の芽があるということです。震災や戦争という天変地異に遭遇した会社は不幸ではありますが、それほどの大きな災害は1人の経営者が経営している間に何度も発生するわけではありません。しかし、会社は常に内部においてさまざまな矛盾を抱えています。それはもともと矛盾をもっている人間が集まった組織だから、致し方がありません。 
大事なのは、そこに自浄作用が働いているかどうかです。それがないとどうなるか。経営者が驕り、社内で不正が発生し、社員の中に派閥ができて意志疎通が悪くなり、同族に会社を私物化されて社員がやる気をなくす。取材をした会社でも、そのような問題が多く聞かれました。それに対して、どのように対処したのか。採り上げた企業はそれらへの対処に成功したから、今日がありました。

第76回:100年超企業10社の言説から特徴を捉える

3.経営危機を、どのように克服したか

この質問に対して、下記のような答えが得られました。

1)初代が2/5代目を辞任させ、弟の3/5代目に継がせた。
2)亡くなる直前に、父である3/5代目の経営者が、カルト集団に入っている長男である4/5代目を経営者からを辞任させ、弟の5/5代目をトップにした。
3)銀行がつぶれかかっていた当社に新たな融資をして、資金をつなぎ、再建のチャンスを与えてくれた。しかしそれは銀行の判断と言うよりも、その時の担当者であった次長が動いてくれたことが大きかったと考えている。
4)1911年に創業した製糸業はとうとう1990年に廃業した。徐々に事業を縮小して行き、人を自然減で減らすようにした。最後に残った人たちは高齢者だけだったので、閉鎖するときに問題にはならなかった。
5)本業を徐々に縮小していきながら、不織布を使用した製品の開発や不動産業への転業を進めていった。現在も社名には製糸を入れているが、製糸業はまったくしていない。
6)株式上場の計画を進めている最中だったが、リーマンショックで中止した。本社を移転して経費を削減し、プラスアルファのプロジェクトや計画もすべて中止した。
7)法律が改正されて、立場が悪化し、利益は縮小したが、耐えられるだけの大規模な土地をもっていたので、経営的な問題には至らなかった。
8)代表者の背任・横領の疑義ははれ、仕手株戦もおわって、通常の業務にもどった。
9)震災の復興と共に、本社、工場ともに従業員と復興していった。
10)関東大震災のときの教訓を生かし、製品の一部を山間部に疎開させていた。戦後、それを元手に再興を果たした。
11)他社に市場を奪われるままに、ビジネスを縮小していき均衡を図った。
12)男性用整髪料の収益による蓄えがあったので、東京の土地や資産を売却して、縮小均衡を図った。
13)自社の売上急減の心配をするよりも、お客様のビニルハウスを一日も早く建て直すことを最優先に置き、社長である自分が対策本部長に就任。自社の工事担当50人に、全国から職人を150人集めて、200人で年末までに再建をおこなった。事務や営業にも再建を手伝わせ、全社員一丸となって年末に間に合わせた。
14)製品に事故が起こり、包み隠さず、洗いざらいをお客様に報告することによって、対処につとめた。克服されたとはまだ言えないが、誠心誠意、この後は仕事をすることによって信用を回復してゆくしかないと考えている。
15)東京都北区の自宅を事務所代わりにしてやり直した。それ以来、本社は北区に置くようになった。
16)瀧野川信用金庫に仕入れ先に支払う前金を借りられたので、商売を続けることができた。

アンケートを返していただいた企業の平均の経営年数は144年でした。144年というと、明治維新前の創業で、坂本龍馬が襲われた寺田屋事件が起こった年です。これらの企業はたいへんな時代を過ごし、経営を継続してこられたことに、心からの敬意を表したいと思います。

攻めには強いが、守りに弱い――これは一般的な企業の姿です。なぜなら企業の始まりは、何らかのモノやサービスを売ることから始まるので、売り方はわかっています。「販売無くして、企業無し」と言われる所以です。
長寿企業の危機克服方法の特徴は、問いの「経営危機を、どのように克服したか」に対して「一発逆転」という施策が見られないことです。経営年数の短い企業は、経営の数字が落ち込んだとき、この「一発逆転」をしたがります。経営が弱っている時なので、方法を間違って成果が得られなかったら、その時点で企業は終わる、たいへんリスクの高い選択です。

守りに強い――これが長寿企業に備わってきた特性であることがここからわかります。項目を分析すると、問題を解決するときに大事なのは、ヒトとカネで、これらが不足している場合は、経営危機を克服するのはより困難になる、ということです。発生した経営危機はほとんどを先代経営者か、当代経営者が自ら解決に動いています。また、金銭的な問題であった場合は、資産の売却によって欠損の穴埋めをするか、銀行の力を借りて危機をしのいでいます。
一方、経営危機の時には、技術や情報はほとんどあてになりません。平時に経営を伸ばしたり、製品を改良したり、という場合には、技術や情報は活躍しますが、経営危機を乗り越えるときには、ほとんど出番がないと言えそうです。
また、モノと経営哲学に関する項目が各々5つずつ出てきています。これらが経営危機を克服するのに、役割を果たしてくれることがわかりました。特に、経営哲学は経営危機の時に経営者が物事に対処してゆく際の羅針盤になります。この経営哲学がしっかりしておらず、経営者が弱気になると、危機を克服する強力な手が打てず、ずるずると後退して体力を落としてゆくことになります。企業も経営者も順風の時は長所がプラスに働きますが、逆風の時には短所が目立つのです。

第33回:経営を危うくする事柄は何か

33グラフ

長寿企業は、長い年月の間に知恵が引き継がれています。そのもっとも大事な知恵は何でしょうか。それは自社を守る知恵です。それは長寿企業ならずとも、大事な知恵でありますが、長寿企業は歩んできた歴史の中で、代々に伝わっていることがあるはずです。
自社が成長、発展してゆくのはたいへんありがたいことですが、それよりも大事なのは、自社の経営が継続することです。長寿企業の価値観の根幹はここにあります。
そこで「経営を危うくする事柄は何か」という質問をしたら、上記の表のような答えが返ってきました。

圧倒的に「販売先の業績悪化」が上がっています。販売先とは、商品を売った先であり、一つの会社や一つの店という場合があります。販売先の経営危機は、売り掛け金を回収できなくなるおそれがあり、もし取り立てできないとなると会社の屋台骨が揺らぎます。販売先は直接の顧客ではなくて、卸しや販売代理店の場合もあります。卸していた販売代理店が経営危機に陥ったら、連鎖倒産する可能性が出てきます。特に、1990年代まではまだ多くの手形が流通しており、長寿企業でも手形を使ってきたことでしょう。手形は連鎖倒産を生みやすい取引形態ですから、よくよく注意をする必要がありました。

長寿企業は、長い歴史の中で、取引先や周辺企業がどんどん倒れていく様を見てきました。1955年(昭和30年)~2009年(平成21年)までの54年間で、毎年平均で11,830社が倒産してきました。累計で638,700社になり、日本で稼働していると言われる企業が200万社ですから、32%の企業が倒産してきたことになります。しかも、これは信用調査会社が倒産を把握した企業に限られており、実体はさらに多くの企業が倒れています。
自社内の問題によって倒産するのは「力不足であった」と納得できるかもしれませんが、販売先が倒産したあおりをくって自社も倒産の憂き目にあうのは納得できないでしょう。
そこから長い経営年数の間では、販売先の経営状態に注意を払う必要性をもっとも強く感じているということです。
ただ、このことは営業の現場や口伝えとしては伝承することは可能ですが、社是や社訓には書きにくいことです。社是、社訓は、良いことを言っているので、明文化して店や会社の壁に飾ることができます。しかし、「売り先の経営に目を光らせろ」とは書けません。
よって、長寿企業は販売先の経営状況や売掛金の回収には、非常に気を遣ってきたことでしょう。また、一つの会社に売り上げを偏らせない、ということも考えてきました。小会社は別にして、一社の売り上げに依存するような経営をしてきたら、とても100年はもたなかったはずです。よって、いかに売り上げを多くの会社からいただいて、経営を安定させるかは、経営を長らえるのに不可欠な考え方です。
グラフでは、その他が2番目に多くの数値を集めています。この内容を見てみると、千差万別でした。その中でも「市場の変化」が最も多く、ほかには「内部分裂」「大震災」「法規制」「過剰な設備投資」「社員の高齢化」「景気」「クレーム」などがあげられていました。
著者プロフィール
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ