経営年数100年以上の企業の経営スタイルと経営哲学を研究しています。調査・研究成果を発表してゆきます。

特徴

第75回:100年超企業10社の言説から特徴を捉える

2.過去の経営危機は、いつ、どのようなものだったか

長寿企業の経営者に行った最初の質問は、「過去の経営危機は、いつ、どのようなものだったか」というものです。それに対して、10名の経営者から下記のような答えが寄せられました。

1)太平洋戦争中のことで、2/5代目の経営者の頃、その経営者は辞書を作るくらいの本の虫のような人。病弱だったので、従軍はせず1/5代目から引き継いだ会社を経営していた。しかし、経営者には向いていなかったので、会社が傾いていった。
※2/5代目は5代続いている企業の2代目という意味です

2)真面目でおとなしく、学校の先生タイプで、寒いのも暑いのも平気な人であった4/5代目の経営者が、ある新興宗教のカルト集団に入ったことから、会社がおかしくなっていった。

3)日米繊維交渉が進むにつれて日本の生糸の需要は減少していった。国内需要も生糸から化学繊維に徐々に置き変わっていき、市場が縮小した。

4)08年のリーマンショックにより、同年10月から受注が激減した。前年対比で30~40%の受注となった。縦揺れの地震に襲われたようだった。

5)大正デモクラシーの影響を受けた大正10年の借地法と借家法の改正により、貸し主の立場が大幅に悪化した。

6)1947年の農地解放により、所有していた土地が半分になった。

7)1991~94年の頃、当時の代表者が仕手株に手を出し、数百億円を動かしていた。それに対して同族者から異論が上がり、内輪もめを起こした。それを見た検察庁が代表者の「背任、横領」の疑義で取り調べることとなり、裁判所から検査役が選任されて、洗いざらい調べられた。雑誌等にも大きく採り上げられ、企業のイメージダウンなど甚だしかった。

8)関東大震災のとき、従業員全員で消火作業にあたったが、火が迫ってきて、東京にあった本社、工場はすべて消失した。

9)1945年3月10日の東京大空襲で本社、工場等すべて焼け落ちた。工場に寝泊まりしていた従業員達も皇居まで逃がした。

10)男性用整髪料が爆発的に売れて、大手化粧品会社に肉迫する勢いであったが、米国から輸入された液体整髪料「バイタリス」が発売されると、とたんにその整髪料が売れなくなって、在庫の山となった。

11)毛染めクリームを開封後、半年間放置して使用すると、染まらないことがわかり、市場の評判を落とした。

12)特許権が切れた後、当社製品の問題点を克服した製品を他社が出し、市場を奪い去った。当社製品は急激な販売ストップがかかり、完全に市場から締め出されてしまった。

13)2009年、地域を台風が襲い、当社が建設を請けおった温室ハウスが約4,000棟潰れてしまった。しばらく農家からの仕事が無くなるのではとたいへんなピンチだと思った。

14)当社の信用を落とし、経営の根幹を揺るがすような事件が起こった。外部からの圧力による嫌がらせであった。

15)関東大震災のときに、日本橋に本社と工場があったが、すべて消失した。

16)昭和30年代と40年代に1回ずつ、会社が信用不安を起こした。仕入れ先からは、先金を出さないと資材を納品しない、と言われて困った。

長寿企業でも、過去にはこのように何度も経営の危機に見舞われてきました。その中には不可避のものと、可避的なものがあります。戦争は人災ではありますが、かといって一般人にはその時、その場所にいただけで無差別に巻き込まれていくので、これも不可避なものです。そういう観点から見ると、他にも法律の改正や日米繊維交渉、リーマンショックのような経済変動があり、半分がそのような不可避的なものでありました。
さすがに長寿企業ですから、若い会社なら起こりがちな社員の反乱や社員の同時大量退職、不正会計や粉飾のような「事件」は聞かれませんでした。そのようなことは過去に経験をしてきており、今日に活かされているようです。

可避的な経営危機については、ほとんどが経営者に関係することでした。経営者が賢明であれば防げたものは16項目中の7項目で、経営者の不明による経営危機というのも発生していることがわかりました。長寿企業は取締役の内訳も、持ち株比率も同族で支配しているので当然ですが、経営判断の多くを経営者がおこなうので、経営者に良い人材が得られなかったら、会社を危機にさらす、ということを意味します。
特に戦前、戦中、戦後すぐのころまでの中小企業では組織力よりも経営者個人の人的能力が経営の質を決めていました。時代の荒波を越えるのに、経営者にその能力が備わっていなければ、容易に潰えてしまう厳しい時代を長寿企業は乗り越えてきました。

長寿企業では途中経過はいろいろあったとしても、少なくても3代。多ければ10数代の継承を重ねてきています。創業者は会社を始めて次の時代に経営を渡せたのでよいとして、その後の経営者に人材を得られるかどうかが、経営の浮沈を決めます。途中に1人でもおかしな経営者が現れたら、それで企業は途絶えてしまう。バトンをもって全力で走り続け、さまざまな時代の波を乗り越え、次の走者に無事にバトンを渡すのは至難なことです。しかしこれをなん十年も、何代も続けてきたのが長寿企業であり、「企業は人なり」と「継続は力なり」を体現している所以です。

第63回:アンケート調査から見える長寿企業の平均像 

この調査が終了した2011年1月ごろ、そのことを聞かれたSMBCコンサルティングから原稿依頼が来て、『成果を生み出す社史の作り方――成功長寿企業になるため、会社の歴史からいかに学ぶか』を新書版120頁ほどにまとめました。

先日、その冊子を読まれた東京と福岡に本社のある社員千名ほどの会社から、その冊子を読んで追加で10冊を購入していただき、幹部の勉強会に使われたとのこと。出版以来、そのようなお話が次々と届いて喜んでおります。企業幹部の中にも会社の歴史に学ぶ必要性を感じている方がたくさんおられるということです。皆さんへしっかりお知らせをしてゆく責任を、改めて感じた次第です。
第60回・5月24日までで長寿企業の定量面の調査分析をお知らせしたが、これのとりまとめをせずに、定性面の分析に移行しようとしたことについて、読者からのコメントが来ました。週に1回で、しかも長期にわたっているので、一度、定量面の分析結果を整理してほしいというご要望でした。すみません、気が付きませんで。この後、数回でまとめさせていただくこととします。

1,長寿企業の概要

1)創業から144年、平均して慶応2年に創業した長寿企業群である。黒船が来航、徳川政権の支配力が目に見えて衰え、幕藩体制を崩しかねない薩長同盟が結ばれた年である。勘の鋭い創業者はおそらく時代の新しい息吹きを感じながら次の時代を生き抜くために、今後の仕事をどうするかを考えたに違いない。職人も商人も、武士もいただろう。

2)そのうちの38%が流通業(小売り、卸し)を選択し、創業時のビジネスから4社に1社は転業して今日に至っている。現在、流通業は40%となっており、他業種から転業してきた会社があることがわかる。

3)現在、社員数は連結子会社も含めると平均で229人、売上高は13,875百万円。3社に1社は社員持株会が有り、社員持株会の有る会社のほうが、無い会社よりも収益性は高い。(非上場企業の売上高上位から1,500社を選んでアンケートを行ったので、平均の長寿企業よりもかなり企業規模が大きい結果が出ています)

4)社風としてはやや実力主義を標榜している会社が多いが、収益性が良いのはやや家族主義である。全くの家族主義は少なく、全くの実力主義も多くはない。

5)社是は80%の会社にあり、破ったことがない会社はそのうちの86%であった。ということは、328社のうち225社(69%)は社是を堅実に守っている。ただし、流通業と非製造業では71%には社是があるが、製造業系の会社に比べると社是の所有率は低い。

6)取締役の過半数は同族で、同族の株式所有比率は76%であった。

7)4社に1社は労働組合があり、社員数では労働組合がある会社は無い会社の約4倍になっている。ただし、労働組合のある会社は企業規模は大きいが、無い会社に比べて経常利益率が落ちる。

8)PLでは経常利益にこだわり、BSでは自己資本比率にこだわる。経営全般でこだわっているのは総資産経常利益率(ROE)である。

以下は次回へ続く――
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