1.長寿企業経営者の構造化インタビューの目的と内容

「企業は生き物である」
これは筆者が28年の経営の中で体験し、身にしみて感じてきたことです。それは企業自身が一つの意志をもって判断し、動いてゆくことを意味しています。たとえ創業者がトップにいても、思うようにならないことが多くあります。弊社はまだ70名ほどの会社ですが、規模が大きくなればなるほど、そう感じるに違いありません。
経営者にとって、会社は自分が動かしたいように動かすものではなく、顧客、社員、そして社会の求めに応じて動かすものです。企業は自らが生き残るために、それら3者の意向が入り交じった中で判断する生き物であり、そのことを経営者が認める必要があるのでしょう。企業が自らの意志をもつようになった時、初めて社会の公器と言われるのではないかと思います。
その中でも長寿企業は歴史のさまざまな苦境を何度も乗り越えて今日に至っている日本企業群のトップランナー達です。規模のみを問うなら、ここに採り上げた企業よりも大きいところはあります。しかし、平均の経営年数144年という長きにわたって存続している間に、彼らよりも若い企業を生み出す母体となった企業もたくさんあるに違いありません。
ここからは、経営者が答えていただいたアンケートを深く読み解き、その上で定性面のヒアリングをすることで、より深い内容にたどり着こうと考えています。時間が有れば、もっと多くの経営者の取材をしたかったのですが、今回は合計で21名、長寿企業の経営者はその中で10名になりました。
特に定量調査ではヒト、モノ、カネという部分についてアンケートし、ついで定性分野である技術、情報、経営哲学について可能な限り聞き出そうとしました。対象としたのは、下記のような企業です。

1)取材対象企業の内訳(経営年数100年超企業)
  製糸業(現在は不織布と不動産業)
  文具・ホビー用品メーカー
  農業用資材販売会社
  カレンダー企画・製造会社
  雑誌発行・データ販売会社
  包装材料の製造・販売会社
  建設資材の販売会社
  不動産会社
  化粧品製造・販売会社
  石油元売り会社

2)取材対象企業の内訳(経営年数100年未満)
  化学製品の製造販売会社
  塗料メーカー
  印刷会社
  倉庫・運輸会社
  販売促進企画会社
  歯科医療系工具のメーカー
  天然瓦斯の掘削と精製会社
  都市ガスの販売会社
  業務用冷凍機メーカー
  食品流通のボラタリーチェーン本部
  半導体関係機器製造・販売会社
(これらの会社への取材は、仮説の設定、アンケートの質問項目の設定、そして100年を超える長寿企業への取材項目の設定、および長寿企業の回答内容の裏付けに活用しました)

3)取材対象者:代表取締役社長

4)時期:2010年3月~9月

5)取材場所:1社は銀座の貸し会議室を利用。1社は出版文化社内で取材。他はすべて相手先企業の本社を訪問しました。

6)記録:ICレコーダーにて録音。

7)取材の方法:アンケートをだして事前に回収し、内容を吟味して質問状を作成。事前に相手先に質問状を届けてから、後日にヒアリングをしました。

今まで経営者の取材は、大手から零細企業まで入れて、数百社に行ってきました。本田宗一郎、盛田昭夫、塚本幸一、立石一真、稲盛和夫の各氏など、大物経営者の場合は多くの資料があり、広報の態勢も整っているので準備万端で取材にいきますが、中小企業は資料がほとんどありません。よって、さまざまな経営の話を聞きながら、どこにその会社、または経営者の経営方法に特徴があるかを探ります。経営者取材の前半は経営年数100年未満企業の取材をし、その経営の特徴と問題点を探りながら、100年超企業に何を取材するかを考えました。
100年未満企業の取材をし、その経営の特徴と問題点を探りながら、100年超企業に何を取材するかを考えました。
100年未満企業には東証一部上場企業もあり、創業者が50年間、社長をしている企業もあって、あえて多様な取材先を選んだことにより、テーマの広さと深さを得ることができました。この章から先は、各経営者から聞いた話を分解し、分析し、佐藤郁哉の『フィールド・ワーク』と『質的データ分析法』を参考にして、取材内容の特徴点を引き出し、整理し、経営者の経営スタイルと経営哲学の特徴として落とし込めるものをまとめます。

*佐藤郁哉『フィールド・ワーク増訂版』2008,新曜社
*佐藤郁哉『質的データ分析法』2008,新曜社