当社では、いままで日米間、日中間の出版活動を行ってきました。それは日本の本を米国や中国で翻訳出版をする、あるいはその逆を行うという活動でした。多くの場合は、日本国内の著者の希望が発端で、多少のコストは負担するから、米国で、中国で、私の本を出版してほしい、というご要望です。

昨年、インドでの出版の希望をもたれた著者があり、我が社で5刷まで売れた、人材マネジメントの考え方をまとめた本を英語にして、インドで出版しました。一度もインドに行くことなく、インド大使館の文化担当官と相談をして、実績のある出版社を選び、そこに企画を持ち込んで、費用関係の条件などをメールでやりとりをして詰めていきました。
そして本が出来上がったのが2011年4月。それからPRをして、7月には本を発売をするというので、時期を待っているうちに、インドをよく知っている著者が、「ほんとうに約束の初版部数を作ってくれているでしょうか。だまされているんじゃないですか?」と言われるのを聞いて、確かにわからないし、行ったこともないインドの出版でこのビジネスを成就しようと考えるのは甘い。またこのまま放置しておくと、著者の懸念を無視することになってしまうので、自ら出かけていくことにしました。8月4日のインドエアでデリーに飛びました。
初めてのインドで、珍道中でありましたが、旅行にまつわる細々としたアクシデントはここでは書かないこととします。
我が社の本を出版してもらったのは、インドの民族系の出版社でShipra Publications(シプラ パブリケーションズ)という、英語出版を行っている有力出版社の一つです。Shipraにおける出版の実態を見て、説明を受けて、何よりも驚いたのは、有力出版社といえども社長とあとは4,5人の事務系のスタッフがいるだけであったことです。社長のKUMAR(クマー)氏は創業者でありただ一人の正社員編集者。曰く「社員を雇ったって、企画の途中で辞められたら困るし、1冊ごとの契約で仕事をしてもらって、それを我々が販売をする、という形で十分、ビジネスはできる」という説明でした。つまりフリーランスの編集者と作家と契約をして、出版をしているということです。

Shipra PublicationsのKumar氏
Shipra PublicationsのKumar氏

「それではあなたの後継はどうするのですか?」という問いかけに、「息子の嫁がやりたいと行っているので、やるんじゃないかな?」と笑いながら答えていました。KUMAR氏はもう59歳なので、これは今後の責任ある取引は難しいなーと思いました。当社の顧客である日本の企業や著者にも、インドにおける永続的な出版として説明するには説得力が足らないし、万が一、KUMAR氏に何かがあったときには、物品の回収や業務の継続・改善が難しいかもしれません。

もう1社、アポイントをもらっていたManor Publications(マノア パブリケーションズ)も創業者が45年間社長をしており、やはり社員は社長と数名の契約社員でした。民族系は有力出版社でもこういう出版社が多いことがわかりました。
当社が関心のあるインド以外の英語圏における出版については、提携している出版社があるから、個別に話をしてゆく必要がある、ということでした。これでは各国別に1社ずつ話をしてゆくこととなり、あまりメリットがないようです。

そこでインドにある米国や英国の出版社なら、ネットワークを活かした出版ができるかもしれないと考え、アポ無し訪問で直接に尋ねることとしました。幸いにも、インドでは大手の出版社はデリーに本社機能を持っており、その主な出版社はAnsari Road(アンサリ ロード)というNew Dehliの一角に集まっています。日本でいえば、東京の神田神保町のような場所です。

1社目は米系のMacmillan社でありましたが、ここは担当者不在で、受付の人は名刺もくれませんでした。次にOxford University Pressです。国際出版の先駆けの会社で、世界津々浦々にまで販売網をもっている世界最大級の出版社の一つです。残念ながら、国際関係のライツ問題の担当者が外出で、今日は戻らないとのこと。面談はかないませんでした。アクセスする相手の名前を聞き、メールアドレスを教えてもらったので、日本からアクセスをしようと思います。

次に、同じAnsari Roadにある米系の大手出版社の一角、Wiley & Sons(ワイリー&ソンズ)を訪問しました。受付兼電話番の大柄な女性が玄関にデンと座っており、足を組みながら、電話をしておりました。待つこと約3分。その間、社員さんが玄関を出たり入ったりしておりましたが、誰一人として私に声をかけてくれる人はありません。電話が終わった女性に目的を伝えると、すぐさま電話をかけて面談の目的を伝えてくれ、切ったら「係が来るのでちょっと待ってください」と言ってすぐさま、別の電話へ。

しばらくすると、小柄な女性が現れ、再び来社の目的を伝えたら、ささっと2階へあがり、再び降りてきたら「ボスが会うと言っていますので、どうぞ」と2階の応接に通されました。すぐにそのボスは現れました。Publisherという肩書きだったので、ラッキーなことにインドWileyのトップでした。

Wileyのインド支店
Wileyのインド支店

彼の話は、インドで出版することはできるけれど、それをそのまま他の英語圏にもっていくことはできない、という今までの出版社とあまりに変わらない反応でした。ただし、他国の出版については、各国のWileyの代表者を紹介するので、直接に当たってほしい、ということでした。その点はNew Delhiにしか会社がないShipraよりも多少は有利でした。

彼らとの話の中で、もう一つの大きな驚きは、インドでも印刷・製本はすでに斜陽産業になっていることでした。電子書籍化が進んでおり、書籍の需要と食っているという話です。たしかに、インドは英語圏なので、すでに電子化が進んでいる英語マーケットのなかに組み込まれているということです。これは有線電話のインフラづくりを飛ばして、一気に携帯電話で市場を拡大させた中国にお手本があります。今後は、インドで出版する場合は、このWileyと話を進めてゆこうと考えています。
インドの出版については、行ってみてわかったことがたくさんありました。中国の出版業界は、言論の統制があるとは言え、ビジネスモデルそのものは、日本とよく似ています。ビジネス書では3,000~7,000冊が初版部数で、それを書店に流して、書店からの売上入金か返品を待つ、という方法です。
インドでは、ビジネス書では初版が5~600冊。そのうちの大半を図書館向けに販売します。ビジネス書で定価の価格帯はUS$30~40で、一人あたり国民所得が約830ドル(2011年8月18日時点)ですから相当に高価です。それだけの需要がないから、部数が少なくて、一冊あたりが高くなるのか、高いから部数が少ししか売れないのか。インドの出版人は前者であるといいますが、日本のビジネスモデルからすると不思議な出版市場です。
靴メーカーの日本人営業マンが、アフリカへ市場調査に行ったとき、「こちらは靴を履いている人がいないので靴のニーズはありません」と報告をするのか、その逆なのか、というたとえ話があります。インドで日本的な出版ビジネスができないのか。1冊単価を安くして、大部数をうる、というビジネスモデルをぜひ試してみたいという気持ちが沸いてきます。
日本の企業の発展は、いかに新興国のニーズに対応をしてゆくかにかかっています。我が社は出版を通じて、新興国の人々のニーズに直接に応えてゆくことは難しいかと思いますが、新興国のニーズに応えている日本企業の要望に応えてゆける出版のノウハウを、開発してゆきたいと考えています。