経営年数100年以上の企業の経営スタイルと経営哲学を研究しています。調査・研究成果を発表してゆきます。

2011年11月

第35回:創業時の販売商品の現在の売上比率

35グラフ

いまも創業時の商品を扱っているが、売上の1/4未満という会社が全体の1/3、110社を占めていました。次に、全く扱っていない会社は96社の3割に上ります。合計の206社は全体の2/3におよびます。そしてこれらの会社は創業時の事業内容を今日に至る間に変えたと言えるでしょう。

現在の取り扱いが0%は、当然、事業内容が変わっていますが、売り上げの25%以下は、創業時の商品が売り上げに貢献はしているけれども、事業の柱ではない、と言うことです。他に柱になる事業があり、会社は75%を占める他の事業に経営実態をあわしています。万が一、75%の売り上げに何かがあれば、会社の存亡に関わるからです。

アンケートをいただいた後に取材をしたある長寿企業は、創業時には団扇や扇子を作っていましたが、時代の遷移と共に事業内容を見直し、今はカレンダーを製造する会社になっておられます。この二つには印刷物であるという共通はありますが、なぜ、カレンダーにという疑問は解けませんでした。現在、3代目の経営者はそのことを明確に説いてくれました。

「団扇は企業などが自社の名前を刷り込んでお客様に配ったり、花火大会の時に宣伝で配っておりました。その企業にとっての宣伝メディアということなら、カレンダーも同じです。企業から注文を受けて、社名を刷り込んでお渡しする、というビジネスの基本の流れは同じです」

このアンケート結果で意外だったのは、2割近くの57社がまだ76%以上の売上が創業時の商品ということでした。弊社のように、創業からまだ27年の会社でも、創業時の商品(企業経営者の自叙伝の出版)というビジネスは、いまではほとんどなくなっております。そして、その後の単行本の出版というビジネスも、いまでは売り上げ全体の2割ほどとなり、すっかり社史やアーカイブの売り上げが席巻するようになりました。いわば創業時からすると、2回、ビジネスモデルを変更したと言えます。
そのように短期間で事業内容を変化させてきた経験から、100年以上たった今でも、創業時の商品が売り上げの75%以上を占めているというのは、ほんとうに素晴らしい商品に恵まれ、うらやましい限りです。創業者に先見の明があったことと、後を引き継いだ代々の経営者が、時代に合わせながら、マイナーチェンジをしてきた結果、現在にも商品が残っている、ということでしょう。

前に、伊勢の赤福餅の代表者の話を読んだことがありました。それによると、赤福餅も時代に応じて、少しずつ味を変えてきたそうで、そうしたからこそ、今日に残っているという話でした。不易流行――変えるものと、変えないもの。経営者の判断の重要性が、あらためて思い知らされます。

第34回:長期に維持・発展してきた要因は何か

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長期に維持・発展してきた要因を聞いたところ、第1位は取引先との関係と答え、第2位には商品力、第3位は営業力という答えでした。製品や商品の善し悪しよりも、取引先との良好な関係を維持してきたことが最大の要因としてあげられています。ここでは前回の質問「経営を危うくする事柄」の答えの第1位が「取引先の経営悪化」と答えていますので、この二つの答えは表裏一体になっているといえます。長寿企業は発展するのも、経営を危うくするのも、「取引先との関係」にあると考えています。よって、取引先に長くお取引をいただく、かわいがっていただく、ということが大事になってきます。

大阪の武田薬品工業は創業から230年を経ていながら、日本の製薬業界最大手として挑戦的な経営でいまも成長を続けている会社ですが、武田家の家訓として残っている言葉の代表例は「運鈍根」です。
」は商売がうまくいったときには実力とは思わず、運が良かったと考えよ、という謙虚な心を求めるものです。「」は商売は地道に、根気よく取り組んでこそ花も開くと言います。そして「」ですが、これは読んで字のごとく、「鈍い」「のろい」「愚か」であることを求めています。医薬品製造業というのは研究、開発が事業の重要ポイントです。そこには国内外からいろんな知識を取り入れて、勉強と研究が求められます。しかし、武田では「鈍」であることを求めます。それはなぜでしょう。
弊社では、武田薬品工業の英文120年史と(財)武田科学振興財団の年史の編集をさせていただいており、その編集過程で学んだことですが、「お客様にかわいがっていただくには賢そうに振る舞うな。愚鈍なぐらいで、長い長い歳月の間、かわいがっていただくことが大事なのだ」ということです。「鈍」は自らのあり方ではなく、顧客との関係を言っているのでした。
愚かそうに振る舞ってでも、お客様に媚び、へつらってでも、長いお取引をいただいてこそ、商売は成り立つ。知っていることでも、知らない振りをするぐらいがちょうど良い。こうまでしてでも、一度つかんだお客様は離さないということです。さすが230年の歴史の中で培われた知恵であろうと思いました。

第33回:経営を危うくする事柄は何か

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長寿企業は、長い年月の間に知恵が引き継がれています。そのもっとも大事な知恵は何でしょうか。それは自社を守る知恵です。それは長寿企業ならずとも、大事な知恵でありますが、長寿企業は歩んできた歴史の中で、代々に伝わっていることがあるはずです。
自社が成長、発展してゆくのはたいへんありがたいことですが、それよりも大事なのは、自社の経営が継続することです。長寿企業の価値観の根幹はここにあります。
そこで「経営を危うくする事柄は何か」という質問をしたら、上記の表のような答えが返ってきました。

圧倒的に「販売先の業績悪化」が上がっています。販売先とは、商品を売った先であり、一つの会社や一つの店という場合があります。販売先の経営危機は、売り掛け金を回収できなくなるおそれがあり、もし取り立てできないとなると会社の屋台骨が揺らぎます。販売先は直接の顧客ではなくて、卸しや販売代理店の場合もあります。卸していた販売代理店が経営危機に陥ったら、連鎖倒産する可能性が出てきます。特に、1990年代まではまだ多くの手形が流通しており、長寿企業でも手形を使ってきたことでしょう。手形は連鎖倒産を生みやすい取引形態ですから、よくよく注意をする必要がありました。

長寿企業は、長い歴史の中で、取引先や周辺企業がどんどん倒れていく様を見てきました。1955年(昭和30年)~2009年(平成21年)までの54年間で、毎年平均で11,830社が倒産してきました。累計で638,700社になり、日本で稼働していると言われる企業が200万社ですから、32%の企業が倒産してきたことになります。しかも、これは信用調査会社が倒産を把握した企業に限られており、実体はさらに多くの企業が倒れています。
自社内の問題によって倒産するのは「力不足であった」と納得できるかもしれませんが、販売先が倒産したあおりをくって自社も倒産の憂き目にあうのは納得できないでしょう。
そこから長い経営年数の間では、販売先の経営状態に注意を払う必要性をもっとも強く感じているということです。
ただ、このことは営業の現場や口伝えとしては伝承することは可能ですが、社是や社訓には書きにくいことです。社是、社訓は、良いことを言っているので、明文化して店や会社の壁に飾ることができます。しかし、「売り先の経営に目を光らせろ」とは書けません。
よって、長寿企業は販売先の経営状況や売掛金の回収には、非常に気を遣ってきたことでしょう。また、一つの会社に売り上げを偏らせない、ということも考えてきました。小会社は別にして、一社の売り上げに依存するような経営をしてきたら、とても100年はもたなかったはずです。よって、いかに売り上げを多くの会社からいただいて、経営を安定させるかは、経営を長らえるのに不可欠な考え方です。
グラフでは、その他が2番目に多くの数値を集めています。この内容を見てみると、千差万別でした。その中でも「市場の変化」が最も多く、ほかには「内部分裂」「大震災」「法規制」「過剰な設備投資」「社員の高齢化」「景気」「クレーム」などがあげられていました。

第32回:事業の先行きが厳しくなったときの対処方法


対処方法を聞いたところ、以下のような順位になりました。

第1位は顧客ターゲットを変えた
第2位は商品を変えた
第3位は原価を大幅に低減した


選択肢は以下のものでした。

1. 商品を変えた 2. 品質を変えた 3. 販売エリアを変えた
4. 売値を変えた 5. 販売ルートを変えた 6. 顧客ターゲットを変えた
7. 原価を大幅に低減した 8. 会社の規模を縮小した
9. 従来のやり方を貫いた


事業の先行きが厳しくなってきたときに、まず最初に行うのは、商品を変えずに、品質・販売エリア・売値・販売ルート・原価も変えずに、顧客ターゲットを変えた、という答えでした。これには唸りました。同じものを違った顧客に売るというのはそう簡単ではないように思います。それよりも、売値や販売ルートを変えるほうが、はるかにやりやすそうなのですが、長寿企業は、まずは顧客を変えたわけです。
たとえば、和菓子を作っているとします。それをいままでは中高年齢の方々に売っていたのを、そういう一般顧客ではなく茶道教室に売るとか、若い人たち向けに販売するようにした、ということです。なかなかの行動力だと思います。

次に、商品を変えたということでした。顧客を変えずに、同じ顧客に別の商品を売るということです。自社の商品が長い時代の間に、他の商品に置き換わったり、他社に奪われたり、ということが起こった場合のことです。たとえば、刈谷市にあるシマツ株式会社では、安政年間に業務用の手袋を販売していたそうです。1920年代に豊田自動織機製作所が開業したときに、業務用手袋を納入していましたが、いまでは安全衛生保護具を豊田系の会社に納入する会社になっています。最所は「手」だけを相手にしていたのを、頭、足、身体へと拡げて行かれたということです。こういう変化の仕方もありました。

第3位には、原価を大幅に低減したというのが入りました。原価を低減した、ということはそれによって販売価格を下げて、顧客により多くを買っていただいたのか、競合他社に競り勝っていったのか、ということです。同じ商品を、品質を変えずに、原価を下げるのは、原料の仕入れ先にお願いをして仕入れ価格を下げていただいたか、原料や製造工程の見直しなどの創意工夫によって原価を下げたということです。
原価を低減して、粗利率を上げたということになると、それは競争優位に立っているときの対処法ですので違います。

また、それは商品を変えることよりも、変更内容はマイナーチェンジでいけます。販売する商品を変えることは、流通業ならやりやすいですが、メーカーですと乾坤一擲の勝負になります。仮に、あらたに開発した商品が当たったとしても、その商品に関わっていた今までの設備や人材が使えなくなる可能性があるからです。いままでの設備や人材を活かすことを考えると、やはり顧客を変えるか、販売ルートや販売エリアをかえることのほうが、はるかにやりやすいと言えます。
長寿企業の変化は、やはり粘り強いことがわかります。
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