経営年数100年以上の企業の経営スタイルと経営哲学を研究しています。調査・研究成果を発表してゆきます。

第76回:100年超企業10社の言説から特徴を捉える

3.経営危機を、どのように克服したか

この質問に対して、下記のような答えが得られました。

1)初代が2/5代目を辞任させ、弟の3/5代目に継がせた。
2)亡くなる直前に、父である3/5代目の経営者が、カルト集団に入っている長男である4/5代目を経営者からを辞任させ、弟の5/5代目をトップにした。
3)銀行がつぶれかかっていた当社に新たな融資をして、資金をつなぎ、再建のチャンスを与えてくれた。しかしそれは銀行の判断と言うよりも、その時の担当者であった次長が動いてくれたことが大きかったと考えている。
4)1911年に創業した製糸業はとうとう1990年に廃業した。徐々に事業を縮小して行き、人を自然減で減らすようにした。最後に残った人たちは高齢者だけだったので、閉鎖するときに問題にはならなかった。
5)本業を徐々に縮小していきながら、不織布を使用した製品の開発や不動産業への転業を進めていった。現在も社名には製糸を入れているが、製糸業はまったくしていない。
6)株式上場の計画を進めている最中だったが、リーマンショックで中止した。本社を移転して経費を削減し、プラスアルファのプロジェクトや計画もすべて中止した。
7)法律が改正されて、立場が悪化し、利益は縮小したが、耐えられるだけの大規模な土地をもっていたので、経営的な問題には至らなかった。
8)代表者の背任・横領の疑義ははれ、仕手株戦もおわって、通常の業務にもどった。
9)震災の復興と共に、本社、工場ともに従業員と復興していった。
10)関東大震災のときの教訓を生かし、製品の一部を山間部に疎開させていた。戦後、それを元手に再興を果たした。
11)他社に市場を奪われるままに、ビジネスを縮小していき均衡を図った。
12)男性用整髪料の収益による蓄えがあったので、東京の土地や資産を売却して、縮小均衡を図った。
13)自社の売上急減の心配をするよりも、お客様のビニルハウスを一日も早く建て直すことを最優先に置き、社長である自分が対策本部長に就任。自社の工事担当50人に、全国から職人を150人集めて、200人で年末までに再建をおこなった。事務や営業にも再建を手伝わせ、全社員一丸となって年末に間に合わせた。
14)製品に事故が起こり、包み隠さず、洗いざらいをお客様に報告することによって、対処につとめた。克服されたとはまだ言えないが、誠心誠意、この後は仕事をすることによって信用を回復してゆくしかないと考えている。
15)東京都北区の自宅を事務所代わりにしてやり直した。それ以来、本社は北区に置くようになった。
16)瀧野川信用金庫に仕入れ先に支払う前金を借りられたので、商売を続けることができた。

アンケートを返していただいた企業の平均の経営年数は144年でした。144年というと、明治維新前の創業で、坂本龍馬が襲われた寺田屋事件が起こった年です。これらの企業はたいへんな時代を過ごし、経営を継続してこられたことに、心からの敬意を表したいと思います。

攻めには強いが、守りに弱い――これは一般的な企業の姿です。なぜなら企業の始まりは、何らかのモノやサービスを売ることから始まるので、売り方はわかっています。「販売無くして、企業無し」と言われる所以です。
長寿企業の危機克服方法の特徴は、問いの「経営危機を、どのように克服したか」に対して「一発逆転」という施策が見られないことです。経営年数の短い企業は、経営の数字が落ち込んだとき、この「一発逆転」をしたがります。経営が弱っている時なので、方法を間違って成果が得られなかったら、その時点で企業は終わる、たいへんリスクの高い選択です。

守りに強い――これが長寿企業に備わってきた特性であることがここからわかります。項目を分析すると、問題を解決するときに大事なのは、ヒトとカネで、これらが不足している場合は、経営危機を克服するのはより困難になる、ということです。発生した経営危機はほとんどを先代経営者か、当代経営者が自ら解決に動いています。また、金銭的な問題であった場合は、資産の売却によって欠損の穴埋めをするか、銀行の力を借りて危機をしのいでいます。
一方、経営危機の時には、技術や情報はほとんどあてになりません。平時に経営を伸ばしたり、製品を改良したり、という場合には、技術や情報は活躍しますが、経営危機を乗り越えるときには、ほとんど出番がないと言えそうです。
また、モノと経営哲学に関する項目が各々5つずつ出てきています。これらが経営危機を克服するのに、役割を果たしてくれることがわかりました。特に、経営哲学は経営危機の時に経営者が物事に対処してゆく際の羅針盤になります。この経営哲学がしっかりしておらず、経営者が弱気になると、危機を克服する強力な手が打てず、ずるずると後退して体力を落としてゆくことになります。企業も経営者も順風の時は長所がプラスに働きますが、逆風の時には短所が目立つのです。

第75回:100年超企業10社の言説から特徴を捉える

2.過去の経営危機は、いつ、どのようなものだったか

長寿企業の経営者に行った最初の質問は、「過去の経営危機は、いつ、どのようなものだったか」というものです。それに対して、10名の経営者から下記のような答えが寄せられました。

1)太平洋戦争中のことで、2/5代目の経営者の頃、その経営者は辞書を作るくらいの本の虫のような人。病弱だったので、従軍はせず1/5代目から引き継いだ会社を経営していた。しかし、経営者には向いていなかったので、会社が傾いていった。
※2/5代目は5代続いている企業の2代目という意味です

2)真面目でおとなしく、学校の先生タイプで、寒いのも暑いのも平気な人であった4/5代目の経営者が、ある新興宗教のカルト集団に入ったことから、会社がおかしくなっていった。

3)日米繊維交渉が進むにつれて日本の生糸の需要は減少していった。国内需要も生糸から化学繊維に徐々に置き変わっていき、市場が縮小した。

4)08年のリーマンショックにより、同年10月から受注が激減した。前年対比で30~40%の受注となった。縦揺れの地震に襲われたようだった。

5)大正デモクラシーの影響を受けた大正10年の借地法と借家法の改正により、貸し主の立場が大幅に悪化した。

6)1947年の農地解放により、所有していた土地が半分になった。

7)1991~94年の頃、当時の代表者が仕手株に手を出し、数百億円を動かしていた。それに対して同族者から異論が上がり、内輪もめを起こした。それを見た検察庁が代表者の「背任、横領」の疑義で取り調べることとなり、裁判所から検査役が選任されて、洗いざらい調べられた。雑誌等にも大きく採り上げられ、企業のイメージダウンなど甚だしかった。

8)関東大震災のとき、従業員全員で消火作業にあたったが、火が迫ってきて、東京にあった本社、工場はすべて消失した。

9)1945年3月10日の東京大空襲で本社、工場等すべて焼け落ちた。工場に寝泊まりしていた従業員達も皇居まで逃がした。

10)男性用整髪料が爆発的に売れて、大手化粧品会社に肉迫する勢いであったが、米国から輸入された液体整髪料「バイタリス」が発売されると、とたんにその整髪料が売れなくなって、在庫の山となった。

11)毛染めクリームを開封後、半年間放置して使用すると、染まらないことがわかり、市場の評判を落とした。

12)特許権が切れた後、当社製品の問題点を克服した製品を他社が出し、市場を奪い去った。当社製品は急激な販売ストップがかかり、完全に市場から締め出されてしまった。

13)2009年、地域を台風が襲い、当社が建設を請けおった温室ハウスが約4,000棟潰れてしまった。しばらく農家からの仕事が無くなるのではとたいへんなピンチだと思った。

14)当社の信用を落とし、経営の根幹を揺るがすような事件が起こった。外部からの圧力による嫌がらせであった。

15)関東大震災のときに、日本橋に本社と工場があったが、すべて消失した。

16)昭和30年代と40年代に1回ずつ、会社が信用不安を起こした。仕入れ先からは、先金を出さないと資材を納品しない、と言われて困った。

長寿企業でも、過去にはこのように何度も経営の危機に見舞われてきました。その中には不可避のものと、可避的なものがあります。戦争は人災ではありますが、かといって一般人にはその時、その場所にいただけで無差別に巻き込まれていくので、これも不可避なものです。そういう観点から見ると、他にも法律の改正や日米繊維交渉、リーマンショックのような経済変動があり、半分がそのような不可避的なものでありました。
さすがに長寿企業ですから、若い会社なら起こりがちな社員の反乱や社員の同時大量退職、不正会計や粉飾のような「事件」は聞かれませんでした。そのようなことは過去に経験をしてきており、今日に活かされているようです。

可避的な経営危機については、ほとんどが経営者に関係することでした。経営者が賢明であれば防げたものは16項目中の7項目で、経営者の不明による経営危機というのも発生していることがわかりました。長寿企業は取締役の内訳も、持ち株比率も同族で支配しているので当然ですが、経営判断の多くを経営者がおこなうので、経営者に良い人材が得られなかったら、会社を危機にさらす、ということを意味します。
特に戦前、戦中、戦後すぐのころまでの中小企業では組織力よりも経営者個人の人的能力が経営の質を決めていました。時代の荒波を越えるのに、経営者にその能力が備わっていなければ、容易に潰えてしまう厳しい時代を長寿企業は乗り越えてきました。

長寿企業では途中経過はいろいろあったとしても、少なくても3代。多ければ10数代の継承を重ねてきています。創業者は会社を始めて次の時代に経営を渡せたのでよいとして、その後の経営者に人材を得られるかどうかが、経営の浮沈を決めます。途中に1人でもおかしな経営者が現れたら、それで企業は途絶えてしまう。バトンをもって全力で走り続け、さまざまな時代の波を乗り越え、次の走者に無事にバトンを渡すのは至難なことです。しかしこれをなん十年も、何代も続けてきたのが長寿企業であり、「企業は人なり」と「継続は力なり」を体現している所以です。

第74回:100年超企業の経営者10人の言説から特徴を捉える

1.長寿企業経営者の構造化インタビューの目的と内容

「企業は生き物である」
これは筆者が28年の経営の中で体験し、身にしみて感じてきたことです。それは企業自身が一つの意志をもって判断し、動いてゆくことを意味しています。たとえ創業者がトップにいても、思うようにならないことが多くあります。弊社はまだ70名ほどの会社ですが、規模が大きくなればなるほど、そう感じるに違いありません。
経営者にとって、会社は自分が動かしたいように動かすものではなく、顧客、社員、そして社会の求めに応じて動かすものです。企業は自らが生き残るために、それら3者の意向が入り交じった中で判断する生き物であり、そのことを経営者が認める必要があるのでしょう。企業が自らの意志をもつようになった時、初めて社会の公器と言われるのではないかと思います。
その中でも長寿企業は歴史のさまざまな苦境を何度も乗り越えて今日に至っている日本企業群のトップランナー達です。規模のみを問うなら、ここに採り上げた企業よりも大きいところはあります。しかし、平均の経営年数144年という長きにわたって存続している間に、彼らよりも若い企業を生み出す母体となった企業もたくさんあるに違いありません。
ここからは、経営者が答えていただいたアンケートを深く読み解き、その上で定性面のヒアリングをすることで、より深い内容にたどり着こうと考えています。時間が有れば、もっと多くの経営者の取材をしたかったのですが、今回は合計で21名、長寿企業の経営者はその中で10名になりました。
特に定量調査ではヒト、モノ、カネという部分についてアンケートし、ついで定性分野である技術、情報、経営哲学について可能な限り聞き出そうとしました。対象としたのは、下記のような企業です。

1)取材対象企業の内訳(経営年数100年超企業)
  製糸業(現在は不織布と不動産業)
  文具・ホビー用品メーカー
  農業用資材販売会社
  カレンダー企画・製造会社
  雑誌発行・データ販売会社
  包装材料の製造・販売会社
  建設資材の販売会社
  不動産会社
  化粧品製造・販売会社
  石油元売り会社

2)取材対象企業の内訳(経営年数100年未満)
  化学製品の製造販売会社
  塗料メーカー
  印刷会社
  倉庫・運輸会社
  販売促進企画会社
  歯科医療系工具のメーカー
  天然瓦斯の掘削と精製会社
  都市ガスの販売会社
  業務用冷凍機メーカー
  食品流通のボラタリーチェーン本部
  半導体関係機器製造・販売会社
(これらの会社への取材は、仮説の設定、アンケートの質問項目の設定、そして100年を超える長寿企業への取材項目の設定、および長寿企業の回答内容の裏付けに活用しました)

3)取材対象者:代表取締役社長

4)時期:2010年3月~9月

5)取材場所:1社は銀座の貸し会議室を利用。1社は出版文化社内で取材。他はすべて相手先企業の本社を訪問しました。

6)記録:ICレコーダーにて録音。

7)取材の方法:アンケートをだして事前に回収し、内容を吟味して質問状を作成。事前に相手先に質問状を届けてから、後日にヒアリングをしました。

今まで経営者の取材は、大手から零細企業まで入れて、数百社に行ってきました。本田宗一郎、盛田昭夫、塚本幸一、立石一真、稲盛和夫の各氏など、大物経営者の場合は多くの資料があり、広報の態勢も整っているので準備万端で取材にいきますが、中小企業は資料がほとんどありません。よって、さまざまな経営の話を聞きながら、どこにその会社、または経営者の経営方法に特徴があるかを探ります。経営者取材の前半は経営年数100年未満企業の取材をし、その経営の特徴と問題点を探りながら、100年超企業に何を取材するかを考えました。
100年未満企業の取材をし、その経営の特徴と問題点を探りながら、100年超企業に何を取材するかを考えました。
100年未満企業には東証一部上場企業もあり、創業者が50年間、社長をしている企業もあって、あえて多様な取材先を選んだことにより、テーマの広さと深さを得ることができました。この章から先は、各経営者から聞いた話を分解し、分析し、佐藤郁哉の『フィールド・ワーク』と『質的データ分析法』を参考にして、取材内容の特徴点を引き出し、整理し、経営者の経営スタイルと経営哲学の特徴として落とし込めるものをまとめます。

*佐藤郁哉『フィールド・ワーク増訂版』2008,新曜社
*佐藤郁哉『質的データ分析法』2008,新曜社

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